3人合わせて恵比寿で100年!
喫茶店・沖縄料理店・イタメシ店の回想の恵比寿史
JR恵比寿駅、電車が到着すると駅メロが流れる。英が「第三の男」の主題歌である。チターが奏でる独特のサウンド、覚えている方も多いことであろう。アントン・カラスの名作である。また、この曲は最近しばしばテレビに登場する。 エビスビール(サッポロ)のCMである。
一週間ほど前、集金に歩いた。まずこの度、新会員になったSさん(喫茶・スナック)の店。Sさんは恵比寿南で40年以上営業されている。私も前からお名前はよく知っていた。人なつこそうなご主人が「御苦労さま」と声をかけてくれた。集金を終わり帰ろうとしたところ、店の奥から誰かが私を呼びとめた。「ママさんママさんコーヒー飲んでいきなさいよ」声の方を見ると恵比寿西で沖縄料理店を経営するOさんであった。集金の時間も気になったが、お言葉にあまえてコーヒーをご馳走になることにした。Oさんも恵比寿で35年営業している。私も今年で25年を過ぎた。昔の恵比寿のことや四方山話に花が咲きとうとう1時間もおしゃべりをしてしまった。
恵比寿はかつては、渋谷と目黒に挟まれたちょっとさえない街であった。土地の不動産屋は「恵比寿で商売をするのはむずかしい」とよくいっていた。しかし、サッポロビール工場跡地の開発が発表され、また、駅ビルの建設が明らかになると空気は一変した。これで商店街は潤うとだれもが思った。確かにサッポロビール跡地の巨大な工事現場には何万人もの工事関係者が出入りし昼時ともなると当時、数少ない飲食店は人、人、人であふれかえった。私の知り合いの中華そば店では連日売上が3倍にもなり、人手が足りなくなった。家族総出で対応に追われた。
しかし、ガーデンプレイスが完成し、駅ビル「アトレー」も出来上がると核の流れが変わった。巨大なガーデンプレイスと雨にぬれないアトレーに客は吸い込まれていった。まず廃業に追い込まれていったのはレコード店と書店である。アトレーの大きなレコード店・書店にはかなわなかった。2件あったレコード店・書店・文具店は次々に姿を消した。 地上げ屋が土地ころがしをし、坪3千万円がいたるところにあった。多くの民家が土地を売りビルが立ち並んだ。恵比寿は華々しく変貌を遂げた。代官山・恵比寿はすっかりトレンディになった。しかし、我々のような零細な自営業者にはちょっと肩の荷が重い街でもある。Sさんのレトロな雰囲気の店で昔話はつきなかった。
地域のコミュニケーションがうすらいでいる中、たわいもない話だったが有意義な時間を過ごした。支部会や班会も重要だが、こんなおしゃべりも時には楽しい。元気をもらって、夕暮れ時、Sさんの店をあとにした。コーヒー、ご・ち・そ・う・さ・ま♪ (副会長・T.R)
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